2018年2月26日

第一回:
EDG/Erat Design Group 社編
(Arbon, Switzerland) /スイス製円筒研削盤のカタログ(2000年ごろ)


影を慕う



になる男 という設定がフィクションものにある。決して主役ではないが、だからといって影がうすくない。リーダーではないが、フォロワーではない。また、主役の多くが紆余曲折を経て、それなりに変化をする、というよりもそれが面白みだったりするが、彼は決してぶれない。さらに、かならず比類なき得意技をもち、実力は折り紙付きの腕利きプロフェッショナルだ。人気投票をすれば、「あれ、みなさんもお気に入りだった??」ことが分かって上位間違いなし。その行動力に劣らず、口をひらけばそれが突破口になる知性に富む助言者でもあるゆえ、十分カリスマ的ではあるが、信奉者を従えようとはしない。そして、同時に誰も彼を所有できない。無口な謎めいた実力。No.2という序列を含んだ用語ではなく、主役の光を、鮮やかな対照、コントラストで引き立てる影。影ながら完全に“対等”。何かに翻弄され、あけくれる浮世にあって、誰もが心のどこかで憧れてしまう、“ダークヒーロー”、“第三の男”。

そんなシブくて、通好みで硬派な、ヒトと違ったものを所有してみませんか?とでもいいたげにアプローチする工作機械のカタログ。いわくありげに謎めかしつつ、その製品シルエットをフィルム・ノワール映画のような無彩色で大胆に配色(・・)し、表現する。この製品の製造者、つまりクライアントが置かれていた(少なくとも)当時の競争状況と、そのポジションを知るものにとっては、よくぞ!と唸るしかない秀逸な表現だ。

強烈。黒い影は、それが喚起させるネガティブさを、脳天気さと対極の“ほどよい謎”にすりかえることで、ほのかな色気を放って逆に光を際立たせる。灰色は、マシンがゆえの無機質な記号的匿名性を含んではいるが、曇天こその特別な詩的感傷に浸ることを十分許している。ところによる微妙な陰影のコントラストは、折り目正しくも繊細なプロフェッショナリズムを、そしてごくシンプルな文言は、むしろ寡黙さを大いに伝えている。


本来
はわき役の文字
そのものをメインにしたようなも、彼のクールさや知的さをつたえながら、表舞台にはいない“気になる彼”をメインにするとこうなります、ともいえまいか?

穿った見方が過ぎるようだが、裏表紙の小さな会社ロゴだけが、指定の有彩色に染められている。であるならば、本来はカラー版、それを削ぎ落して無彩色風にアレンジ、ということ。つまり、相当の確信犯。その極めて計算ずくの引き算的表現は、濃淡による光と影を無彩色で表現する水墨画を思わせる。

“第三の男”という、誰もが思いあたる格別の存在。狙ったってそうもいかないそのイメージこそ、この製品のポジショニングにふさわしい、たとえそんな伊達男を売り出すクリエーター冥利につきる幸運に巡り合えたとしても、その謎めいたイメージを捉えて、しっかり表現媒体に落とし込まれる、そしてなによりクライアントのGoサインにあずかることはあたりまえに至難の技。よってその多くは、人気者とはかくあるべしと陽気でカラフルに、かつフォントサイズは11ポイントの掟のもと、いつもの予定調和。そしてあたりまえに、それは肩肘を張って主役に挑むNo.2以下のふるまいとしか映らない。そんないつもの「あぁ…やっぱり」をすり抜けた幸運なアイテム。。

“世の中のものはすべて対照、コントラストで成立している”、とは世界的文豪の言葉。だが、その心眼どおりとはいかず、これがプロモーションに正式活用された期間はごくわずか。“第三の男”に似すぎてしまった故なのか、彼の生き写しのように、別れのしるしにその影すら置いていくこともなく、しなやかに、したたかに誰の手からもすり抜けていってしまう。
▶第二回:奇襲