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 鉄器時代に生きて The IRON AGE


ある往年の伝説


 



「いやーなんといっても
工作機械は船に搭載されたりもするしねぇ。。」



作機械にまつわるエピソードで、シニアクラスのベテランの方からの口伝えであることが多いのですが、なぜかやや得意げに、もしくはニヤリといわくありげに、このようなことを新人時代に聞かされたことはありませんか?

「船」に「工作機械」を搭載??このミスマッチからなのか、妙に謎めいた不思議な迫力があったりして、今考えればとくに社会人になりたての方の気を引くには、つまり逆に言えばベテランとしての知己と貫禄を示すのにはなかなか効果的なエピソード。。やや誘いの空気も感じてか、期待に沿うかのようになぜですかと質問をぶつけてみると、というか訊かなくてもつまり結局こう続きます。「航海中になにかがこわれて、動けなくなったら困るだろう?





”部品を船内で作ってサバイバル







というわけだよ(どうだまいったか。これがいかなる不測の事態にもそなえる大人のプロというもの。まさにアポロ13号。。といっても自分がやるわけではないが)」・・・・



すが、新人なりに直感的に「非常用にわざわざ積んだその機械が先にこわれたらどうすんの?」「積んだはいいが、船の電気部品がこわれたら工作機械は無用だし、おおげさな割りには活躍の場面があるのだろうか・・」など、出だしのインパクトの割りになんとなく、後味がいまひとつだった記憶があります。



ちろん目的をとわず、あればたいへん重宝するという意味での、つまりあくまで万能的な簡易軽作業用として、小型汎用旋盤や両頭グラインダ、溶接機などを最低限、DIY用途で船内工作室に装備しておく、ということであるならばふつうにイメージはできますし、そのようなルールらしきものもあることはそれなりに広く知られており、それならばあえてもったいぶってこのように話題にする必要もないのでは?とやや甘さを感じたりもしますので、その語り口から察するに、語り手の意図はこのような意味ではないはずです。



た、我々つまり工作機械業界の関係者のとらえる「工作機械による加工が必要な重要機構部品」というのはそういったレベルのものではなく、そのような簡易的に追加工したぐらいのもの、形にしてみました程度の、つまりはDIY感覚で製作可能なものに「機械部品」として機能できるものがそうざらにあるとも思えず、またそれらの簡易的な装備だけでは、冒頭のような緊迫した場面で鍵となってしまうような重要部品の運命に影響を与えられるとも思えず・・まったくそういう場面がないわけではないでしょうが、そういう例外的なケースまで想定すれば、工作機械にかぎらずどんなものにでもそういった活躍のチャンスはあるわけで、やはりあえて話題にする必要もなさそうですし。



はり、話し手のかもしだす香りに素直に従うとして、相当な危機的場面に遭遇したとしても、これがあるから平気さ、などどいいつつ機械をなでて愛出でる、これぞプロの備えといったような、頼もしい部品加工能力を船内に持たせようとすれば、最低でも1台あたり数トンにおよぶ機械を、いくつか大きさ毎に準備し、しかもある程度の前後工程がかならず必要になるはずです。特に船舶用の部品ともなれば、想定加工サイズの考慮は通常以上に求められるはずです。



うなると、合計すればけっこうな台数が必要になり、また、状況を考えると「あとは外注に送って・・・」などという通常の分業が効かないわけであり、ところで熱処理は?研削は?・・・・いままで経験のない工程までいろいろ考えなければならなくなって、ちょっとした、いや徹底的に貫徹した単品精密部品工場を内部に再現するぐらいのスケールが必要となってくるわけで、そうなると本当にそんな船がそのへんにあるのだろうか、それならば、いたって普通に:





完成予備部品を完璧にストック








しておいたほうが合理的なのでは?と思ってしまいます・・使用されている部品はすでに仕様的に決まっているのであり、交換可能部品は分かっているわけですし、また交換できないような部品は、わざわざ作ったところで交換できないわけですし、交換できない性質の部品は、外して補修などできる訳がないのですから、予備品事前準備には十分な理由と実現可能性があり、なによりも、船内に工作機械を搭載して加工するよりも、かなり容易であり、当然安いはずです。



たどんなタイプの船がそれを搭載しているのか?という当然の問いには:





   「遠くにいく大きなやつはほとんどそう」






ぐらいの調子で、よくこんなビッグワードのみで聞き手にこれだけの想像力を引き起こせるものだと、感心さえしてしまう、一度聞いたら忘れない、しかもすぐに誰かに話せるまぁよくできたエピソードです。

要は語り継がれる、つまり質のよい伝説がそなえるべき要件をすべて持っているということでしょうか。。









らに言えば、上下左右、不規則に揺れることが前提の船内で、強固な地盤を理想とする精度のよい加工ができるのだろうか?という当然の疑問もさることながら、加工の際に生じるたいへん大きい作用に対抗するだけの反作用(踏ん張り)が効いてこそ可能な加工もあり、陸上でのイメージどおりにはいかないはずで、つまり条件のきびしい特殊な状況で「機械部品」を作るには、普段よりももっと多岐に渡る機械操作と部品加工共に相当の専門的技量が必要なはずで、そういった人員を、ふつうの船舶があたりまえに乗船させておけるのだろうか等々、かなり無理のあるエピソードのように思えるのですが・・・実際の見学者がいるとも聞きませんし、ただの取り違え、行き違いのようなものなのでしょうか。



こで、船舶の理解はまったくないのですが、工作機械関連のトピックであることに間違いないという状況で、ぶつぶつといぶかったり思考を繰り広げるだけでは業界関係者として半端なような気がしますので、なんらかのアウトプットが必要というビジネス的な義務に従い、いったいこのような「内製」がはたして機能するかを、「フィージビリティ・スタディ」風にメモってみます。



貨物船「xxxxx号」船内における危機回避としての部品内製についての検討メモ


海中における、予期しえぬ船舶機器類の故障によって、航海継続が不可能となることを回避するため、工作機械を船内に装備し、かような事態が発生した場合においても、原因となる不具合機械部品の代替品を速やかに製作着手し、完成させ、当該部位の交換を行い、早期に定常状態に復旧させることの実現可能性を検討する。


対象部品範囲


【基本燃焼部品(ディーゼル)】
● ピストン ●コンロッド ●クランクシャフト ●リングギア ●フライホール ●バルブ・・・・・
【過給機部品】
● インペラー・・・・
【燃料系】
● 噴射ポンプ・・・・

他に、オイルクーラー系、ラジエター系・・・きりがないので一応このあたりでやめるが、本質的には、予期せぬ事態の想定である以上、何が不具合の原因となるかは未知であり、ここでやめることなく可能な限り加工対象範囲を拡げておき、部品単位で把握することこそが実効性を高めることであることは忘れてはならない。ただし、ここですべての対象部品のブレークダウンを示すことは検証の本筋ではなく、当該内製を「やる・やらない」という意思決定に重要なポイントだけに絞ることを目的としているため、簡略した。

なお、いついかなる場合においても、部品製作にあたっては「製作指示図面」を参照しつつ作業をおこなわなければならないことは言うまでもないが、この図面は、ごく当たり前にユーザーが入手可能であるとは考えられず、通常はユーザーはそれを、部品として購入することが前提となっている。これは図面というものが、当該部品、もしくはユニットの正規の製作者が創造し、所有し、管理するもの、つまり情報としての資産であるため、まず、いかなる検討の前に、対象となる部品すべての当該図面を、正しい方法で入手可能であることの確証を得なければならない。

また、これらを確実なものとするためには、関係各位との調整、先方の意思、入手に当たっての諸条件と最終合意に相当の日数を要すると考えられるため、これを仮に100日と想定したとして、それまでに無為に過ごすことなく、入手が可能であるとの想定で以下の検討を行う。

とはいえ、一般的感覚からは、いちユーザーが、自身の非常用としての入手を希望したとして、通常の努力でそれが可能であるとは考えにくい。相当の理由、たとえば自身が先方にとって唯一無二のユーザーである場合、ならびに公共の利益、国家的理由など提供に合理的な理由があると判断されるような場合でないかぎり、交渉には、それがいずれの決着となるかはさておき、相当の時間的その他の猶予が認められなければならないだろう。

工程のコンセプト

まず、上記の対象範囲の”部品たった一個”、例えば、回転対称形状で駆動を担うものひとつをとったとしても、材料の選定・旋盤・フライス・焼きいれ炉・円筒研削・平面研削・・・が必要となる。さらに、部品が多岐に渡ることを考慮しないとしても、つまり部品を回転対象形状に限ったとしても、こと大きさについてはさまざまであり、つまりそれぞれの工程でサイズ違いを装備しておく必要がある。もちろん、選ぶ部品によっては、ギアシェーパやスロッタといった特殊な機械も必要となり、それらにかぎらずすべての設備に治工具、および油脂類が必要となるが、これら周辺機器の不足によって、稼動に支障をきたすことのないよう、十分な広がりをもった周到な準備が期待される。他に放電加工機、レーザ加工機が必須となる場合も十分想定しうる。また、屋内とはいえ海上という雰囲気にごく近いという設置環境は十分に配慮されなければならず、防錆対策や激しい揺れに対応しうるだけの固定方法など、海上仕様とでも言うべき対策が施されていなければならないだろう。

もちろん、海上という外部パートナーにまったく頼れない状況であるため、 完成までを一貫して内製するということになる。陸上と異なり、半製品にまで仕上げたら後は外注というわけにはいかないのであり、仕掛状態というのはまったくの無価値となる。陸上生活がほとんどで、買い手市場、供給過剰にすっかり慣れ親しみ、溢れんばかりの分業パートナーに恵まれた、体系化された環境においては忘れられがちだが、ここは決して都合よく忘れられてはならない重大なポイントである。

すべての重要部品を、完成状態までに貫徹可能な工程をデザインし、具現化しなければならない。

材料

加工物すべての公約数的な形を、何パターンかで準備する。材質や硬度などは、中間的な状態にしておき、需要に応じて変化させられるようにする。ただし、こういった変化の余地、後からなんとかするという先送り、を与えておくことは、後にも先にも外部の協力者はいないのであるから、つまりそれだけ自身が準備する設備のバリエーションが増えることとなる。すなわち、材料に付加価値をつけた状態とすればするほど、後工程は軽減されるが、より細分化された材料準備が必要となり、材料をより素の状態とすればするほど、後工程の準備が必要となるが、材料準備は軽減されるというトレードオフの状態である。どの均衡状態が理想的であるかの判断は、上記の工程コンセプトに大きく影響を受け、また影響を与える重要な意思決定項目である。

占有スペース

大型船であれば、相当のスペース割り当ては期待可能。機械1台あたりの占有スペースは、おそらく平均的大きさのもので、3,000x3,000x2,000 ぐ らいか?もちろん通路その他の空間が必要となり、そうなると、船舶空間全体に占める全ての工作機械および関連のフロアスペースのシェアは・・・。思う存分の割り当ておよび配置が期待可能であるという好条件の裏返しとなるが、もはやどちらが本来の機能であったかが一見しただけではわからなくなるという状態にはなるだろう。ただし、これは心象的なものであるため、重要な利害関係者のそれを損なわなければ問題とはならない。

人員確保

これらの部品は、ちょっと作ってみましたといったDIY感覚では動作しないどころか、問題のない部位にまで新しいトラブルを引き起こしかねず、ありがた迷惑となる。また、非常用だけに応急的に機能する、いわゆる”スペアタイヤレベルの品質”で許容されるとしても、最低限の幾何学許容値に加工をマネージメントできる技量は必要であることから、経験者に限定され、また、不規則な揺れ、踏ん張りの利かない状況での加工という特殊事情は、通常加工において考慮しなければならない諸条件に加えた、さらなる対応・応用力が要求される。

加えて、必要となるすべての機械操作、製作手順・加工技術、工程を通じたマネージメントを担当する人員それぞれを、同一船舶に集結させることは容易ではなく、ましてやそれらを個人で一手に引き受けられるマルチスキル、 精鋭コマンドータイプの人物を一般労働市場で確保することは不可能。もしくは、相応の報酬が必要。さらに、そういった専門プロフェッショナルスタッフが、平常時に通常の船員としての実務をこなせるかといえば、専門家であるがゆえ仕方がないところだが、働きぶりを発揮できるのはやはり、そういったスキルが必要となるタイミング、つまりは「非常時」に限られるだろう。したがって、時間あたりの人件費に対する何らかの成果物という、通常の人的資源評価の観点、つまり労働生産性はきわめて低くなる。もちろん、これらのいわゆるプロジェクト人員、正しくはスペシャル・タスクフォース的人物の評価は、このような一般的な効率指標ではなく、他の評価システム、具体的な成果、つまり効果指標によるべきものであり、場合によっては人事評価システム全体を見直す必要がある。

リードタイム

特急でやるとしても、絶対的な製作納期(加工時間)が必要となり、ましてや悪天候などで尋常ではない揺れにさらされるタイミングであれば、作業ははかどらず、もしくは中止を余儀なくされる。つまり、緊急対策である割には、意外と要求通りにペースがあがらないことが予想される。危機的状況を想定し、そのための準備と備えをしたにもかかわらず、このように猶予をゆるさざるを得ないということの、当事者のいらだちは相当なものとなり、緊張感が極限にまで高まった雰囲気での、過分なストレスは士気の低下につながる可能性がある。


結論

つまり、いかなる視点からも「内製自助努力」が、「スペア予備部品を完璧にふんだんに準備しておくこと」という選択肢を超えることが無理であることが結論となる。

また、詳細な検討を行わなかったものとしては、それら一連の機械をひとそろえして、予想しうる材料をすべて網羅し、それらに相当なスペースを与え、納入しまたは据付し、リクルート活動でオペレーション人員を確保し見合う給与を与える場合の必要予算・経費と、交換可能な船舶部品を全種類、ビジネスが開始できるほどの莫大な量を(換言すれば腐るほど売るほど)準備しスペースを与えることの、コスト比較があるが、あえて計算し比較するまでもないぐらい明白なため割愛。





すますもって、この伝説がわからなくなってきます。





アメリカ海軍 ホランド潜水母艦 AS32 船内の(一部)様子




の船、現在は任務を外れたため、公開とあいなり、ようやくこの「伝 説」を解く重要な手がかりとなったわけですが、扉に誇らしげに描かれた「E」(Engineeringの略でしょうか)の文字と周辺の工具類のアイコンが自分のアイデンティティをほのめかすように、1960年代から30年間ほどの、いわゆる冷戦時代に自国の潜水艦に近寄って、潜水艦の修理、部品加工は言うにおよばず、ポラリス大陸間弾道ミサイルを搭載する潜水艦の原子力プラントのメンテナンスサービスまでを完璧に行う、「出張ワークショップ船(工作船)」だったとのこと。つまり工作機械の搭載理由は、窮地におちいった自身の自助救済目的ではなく、補修や部品加工、補給が必要な他の船舶、つまり原子力潜水艦などの政府関連特殊船舶への出張技術サービス提供が主任務だったため、ということになります。

なるほど、こういった潜水艦など政府所有の安全保障関連の船舶ならば、ユーザーは唯一無二であり、また政府からの国家的な要求ということでしょうから、製造者からの製作指示図面の受領はまず期待可能です。

かに、顧客は常時洋上に潜んでいることが前提ですから、予備部品でな んとかしのいでもらいつつ、陸上に無事帰還の際は弊社で本格修理を、などという 通常のビジネス感覚では通用しない、一般生活では想像のおよばない相当な特殊事情と目的を抱えているため、条件うんぬんは一切無しにして、とにかく一連の工作機械を積んで潜伏現場に出向いての出張サービスが必須な場面が想定されている、ということでしょうか。やはりそれなりの「部品加工」を行うにはこれぐらいの本格装備はあたりまえに必要になってしまうのであり、もちろんそうなると、一般の船舶ではここまでは不可能、というかありえないと考えるのが自然です。



するに、この伝説は「専用出張サービス工作船」と、「(そうではない)一般船舶の万能補修用軽装備」との区別が混同されたか、それを知りつつも無視されてしまったか、もしくは組み合わせて面白く工夫されたか、理由はいずれにせよ、本質的には「(多少なりとも)誇張されすぎ」で あることは間違いなさそうです。。

もちろんそれによる害などはまったくなく、むしろ語り手の意思は、業界にまつわるアポロ13号っぽい武勇伝?をシェアして、工作機械というのはじつに頼もしい存在なのだということを新人に伝えようとするサービス精神に基づくものだったのでしょう。





まぁすこし得意になってみたいという気持ちが一番だったとは思いますが。。










れからは、こういった場面では:



「世の中には、2種類の船舶があります。

@(簡易)補修用軽設備を備えている船舶 
Aプロフェッショナルユースとしての、出張修理・部品加工・メンテナンスサービス用専門工作機械搭載船
 

です。前者@は、それなりに大きい船のほとんどがそうです。そして後者Aは、基本的に政府所有の船舶の、ごく一部がその仕様であり、また、そのサービスを必要とする顧客は、海上・海中に身を潜めていること、つまり陸と分断された状態が通常であり、陸上が目的地として設定されていないため、上陸のときでも良さそうな作業においても、どうしても先方から出向いてもらっての出張サービスを必要とします・・」


という導入ストーリーに従い、先達として紛れのない知己をロジカルに示そう・・・

とも思いましたが、このように整理して全容を説明してしまっては、冒頭の出だしと比べてインパクトの点でいまひとつかもしれませんし、なによりもこういった伝説がまとう色気や吸引力に欠けますので、やはりベテランの方々に習って、眼光するどく言い放つだけにとどめて、多くを語らずなぞめいた大人の凄みをただよわせつつ、シンプルに伝説として語り継ぎ、そしてそれが語り継がれていくのがいいのかもしれません。




すこし得意になってみたいという誘惑にも勝てませんし。

バナースペース

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